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事業の多角化やM&Aに関連し、シナジー効果(相乗効果)という言葉を耳にしたことがある方も多いと思います。
一方、ビジネスの現場で具体的に検討したことがある方は、意外と少ないのではないでしょうか。
経営企画部門や戦略コンサルタントの方々にとっては慣れ親しんだ概念だと思いますが、M&AにおけるビジネスDD(事業DD)や事業計画の策定、さらには企業価値評価(M&Aの価格検討)を行う際にも活用できます。
ある会社や事業を買収する場合、DDの一環として対象会社の事業の分析を行いますが、その過程でシナジー効果を把握し、定量化して事業計画や企業価値評価に反映していくことは非常に重要です。
本記事では、シナジー効果の概要やM&Aにおけるシナジー効果の意味合い・位置付けなどを解説します。
《執筆者》
PEファンド・M&Aアドバイザリーの実務経験があるSOGOTCHA(ソガッチャ)スタッフが執筆しました。
シナジー効果の概要
シナジー効果とは、相乗効果とも呼ばれ、2つ以上の要素が合わさることにより、それぞれの要素単体で得られる以上の効果を発揮することを意味します。直感的には「1+1>2(1足す1が2よりも大きくなること)」を指します。
ビジネスにおけるシナジー効果として、次の様な例が挙げられます。
- A社がB社を買収することで、各社の単純合算よりも売上高が増加した
- A事業とB事業を統合することで、各事業の単純合算よりも利益が増加した
シナジー効果は、複数の会社や事業を前提に議論されるため、基本的には多角化やM&Aを検討する場面で登場します。
例えば、次の様なイメージです。
- 新規事業としてA事業を立ち上げるが、既存のB事業とのシナジー効果としてどのようなものが考えられるか
- A社にとって、B社を買収することでどのようなシナジー効果が期待できるか
M&Aにおけるシナジー効果の意味合い・位置付けについては、後ほど詳しく検討します。
シナジー効果の分類
シナジー効果について整理する場合、いくつかの分類方法があります。
- 財務指標を基準とした分類(売上高シナジー・コストシナジー)
- バリューチェーンを基準とした分類(研究開発・購買・製造・販売など)
- シナジーの源泉による分類(活動の共有・コアコンピタンスの共有)
- シナジー効果の発現時期を基準とした分類(短期・中期・長期)
これらのいずれか(または組み合わせ)に従ってシナジー効果を整理することが有効です。
売上高シナジーとコストシナジー
ここでは、シナジー効果の代表的な分類である売上高シナジーとコストシナジーについて検討します。
売上高シナジー
売上高シナジーは、多角化やM&Aを通じて実現される売上高の増加のこと。具体的には、次の様な要因・施策により実現されます。
- クロスセル(他の製品・サービスも合わせて販売)
- アップセル(高額な製品・サービスへの乗り換え)
- 新製品の開発
- 生産設備の稼働率の改善
コストシナジー
コストシナジーは、多角化やM&Aを通じて実現されるコストの削減のこと。具体的には、次の様な要因・施策により実現されます。
- 一括購買・集中仕入(仕入原価)
- 工場の統廃合(製造原価)
- 管理部門の統廃合(販管費)
- 信用力向上による支払利息の金利の低下(営業外費用)
バリューチェーンによる整理
売上高シナジー・コストシナジーは、上図の様にバリューチェーンに沿って整理すると、具体的なシナジー効果がどの機能から生み出されているかを把握することができ、有益です。
シナジー効果の事例
M&Aの買い手が期待するシナジー効果の事例として、次の様なものが挙げられます。
LIXILビバを買収したアークランドサカモトの場合
「株式会社LIXILビバ株式(証券コード:3564)に対する公開買付けの開始及び資金の借入れに関するお知らせ (2020.6.9)」によると、買い手であるアークランドサカモトとして、次の様なシナジー効果が期待できるとのことです。
- 両社の出店地域を補完し日本全国をカバーする店舗網の構築
- 規模の拡大及び共同仕入による原価低減
- プライベートブランド(PB)商品の共同開発やクロスセル
- 物流・店舗開発に関する協力等
島忠を買収したニトリホールディングスの場合
「株式会社島忠の株券等に対する公開買付けの開始予定に関するお知らせ」によると、買い手であるニトリホールディングスとして、次の様なシナジー効果が期待できるとのことです。
- 島忠店舗の全国展開による高品質な家具の販売機会の拡大
- 島忠のホームセンター商品とニトリホールディングスのホームファッション商品との相互補完による販売拡大と、プライベートブランド(PB)商品開発ノウハウ共有による利益率の向上
- 物流機能の共同利用によるコスト削減・資産効率改善
- ニトリグループの有する「製造物流IT小売業」としての各種サプライチェーン上の機能・ノウハウ提供によるコスト削減及び改善スピードの加速
- ニトリモール事業、デコホーム事業とのシナジー追求
- 首都圏・都心部へのshop in shop型店舗の相互出店、かつより広範な出店戦略
- Eコマースでの販売体制の強化
- 共通ポイントの導入による相互送客と新規顧客獲得
- 海外店舗での島忠の商品の販売、将来的な海外出店の実現
東京ドームを買収した三井不動産の場合
「株式会社東京ドーム普通株式(証券コード9681)に対する公開買付けの開始及び資本業務提携契約の締結に関するお知らせ」によると、買い手である三井不動産として、次の様なシナジー効果が期待できるとのことです。
- 球団、スタジアム及び三井不動産の3社の一体運営による顧客満足度及び収益力の向上
- スタジアムの収益力強化
- 観客サービスの改善
- デジタル環境の整備
- COVID-19対策の徹底
- 魅力的な体験型消費の機会提供
- 三井不動産のノウハウの活用による東京ドームの競争力強化
- 三井不動産、東京ドーム及び読売新聞グループ本社の顧客基盤の連携効果
- 東京ドームのスポーツ・エンターテインメントに関するノウハウ活用による公開買付者における 街づくりの競争力強化
- 将来の「東京ドームシティ」再整備における公開買付者の都市開発実績・ノウハウの活用
M&Aにおけるシナジー効果
M&Aにおけるシナジー効果の分析と検討結果の反映は、次のステップで行います。
- ステップ1. シナジー効果の分析
ビジネスDD(事業DD)を通じて、M&Aに伴うシナジー効果を分析する。 - ステップ2. シナジー効果の反映
シナジー効果を定量化し、事業計画・企業価値評価に反映する。
上記ステップ2にある通り、M&Aにおけるシナジー効果の分析の目的は、次の2つです。
- 事業計画への反映
買収後の対象会社の事業計画を策定する際、買い手と対象会社が協働することによって期待されるシナジー効果を事業計画に反映します。 - 企業価値評価(M&Aの価格検討)への反映
M&Aの買収価格を検討するにあたり、シナジー効果を企業価値に反映します。
一般的に、対象会社の事業計画に基づいて企業価値評価を行うため、上記の2つはリンクしています。
また、上記M&Aにおけるシナジー効果の検討目的から分かるように、シナジー効果は可能な限り定量化されることが望ましいと言えます。
実務の場面ではこの定量化が重要ですが、一方で困難を伴うため、頭を悩ませるところでもあります。
M&Aにおけるシナジー効果① 事業計画
M&Aにおけるシナジー効果の第1の検討目的として、事業計画につき掘り下げていきます。
M&Aを行う場合、買い手が対象会社を買収することにより得られる効果を定量化し、事業計画に反映していくことが必要です。
シナジー効果の事業計画への反映にあたっては、売上高シナジー・コストシナジーの分類に従って整理していくのが便利です。
シナジー効果の事業計画への具体的な反映方法のイメージは、次の通りです。
売上高シナジー
- クロスセル
顧客単価の増加 - アップセル
顧客単価の増加 - 製品ラインナップの増加
売上高の増加 - 新製品の開発
売上高の増加
コストシナジー
- 一括購買・集中仕入
原価率の低下 - 工場の統廃合
製造原価の削減 - 工場のオペレーションノウハウの共有
製造原価の削減 - 管理部門の統廃合
人件費などの削減 - 物流の集約
運送費の削減 - 広告方法の見直し
広告宣伝費の削減 - 金利の見直し
支払利息の削減(利率の低下)
コストシナジーの源泉
ここで、M&Aにおけるコストシナジーの源泉について検討します。
上記の様なコストシナジーは、一括購買・集中仕入のように、M&Aによる大規模化によって実現されるものが多くありますが、その裏付けとなる要因として、次の様なものが挙げられます。
- 規模の経済(製造原価の低下)
規模の経済とは、生産量が増加するにつれて単位当たりの製造原価が低下することを意味します。
通常、製造原価は固定費と変動費に分けることができますが、生産量が増えるほど単位当たりの固定費は低下していくため、固定費と変動費から構成される単位当たり製造原価が低減していきます。 - ボリュームディスカウント(仕入原価の低下)
ボリュームディスカウントとは、大量購入に伴う値引きを指します。大手企業が製品・サービスで使用する材料や部品を大量に購入する場合、ボリュームディスカウントによって仕入原価を低下させる余地があります。
通常、ボリュームディスカウントは購入量が大きいほどディスカウント幅も大きくなるため、業界トップクラスの大手企業になるほど、ボリュームディスカウントの効果も大きくなります。 - 経験曲線効果
経験曲線効果とは、生産量が増加するほど単位当たりコストが低下していくことを意味します。
製造業に限らず、サービスなども提供量(経験)が増えるにつれて効率化され、間接費を含む総コストが低減していく効果を意味します。
これらの要因は、競争戦略の3つの基本戦略であるコストリーダーシップ戦略における競争優位の源泉でもあります。競争優位の源泉を分析することがシナジー効果の把握に有効ですので、こちらの記事もご参照ください。
▽関連記事:ポーターの3つの基本戦略|コストリーダーシップ・差別化・集中戦略
M&Aにおけるシナジー効果② 企業価値評価
M&Aにおけるシナジー効果の第2の検討目的である、企業価値評価(バリュエーション)につき掘り下げていきます。
スタンドアローンバリュー・シナジー効果・バイヤーズバリュー
シナジー効果を企業価値に反映するにあたり、上図の3つの概念を説明します。
- スタンドアローンバリュー(Stand alone value)
シナジー効果を考慮せず、対象会社の企業価値(または株式価値)を算出したもの - シナジー効果
M&Aを通じて実現されるシナジー効果を定量化したもの。個別のシナジー効果を積み上げて算出することもできるが、バイヤーズバリューとスタンドアローンバリューの差額としても把握することができる - バイヤーズバリュー(Buyer’s value)
シナジー効果を考慮した上で、対象会社の企業価値(または株式価値)を算出したもの
マルチプル法を例にスタンドアローンバリューとバイヤーズバリューを考えると、次の様になります。
- スタンドアローンバリュー
=シナジー効果を考慮しないEBITDA×マルチプル - バイヤーズバリュー
=シナジー効果を考慮したEBITDA×マルチプル
なお、M&Aにおける価格の考え方やマルチプル法については、こちらの記事でまとめていますので、M&Aの企業価値評価(バリュエーション)について詳しく知りたい方は、ご参照ください。
▽関連記事:【図解】M&Aの価格の考え方(理論的・実務的・税務的手法)
▽関連記事:【図解】マルチプル法による株価算定の考え方と具体的な計算例
価格交渉との関係
売り手にとっての対象会社の価値は、スタンドアローンバリューです。
一方、買い手は対象会社を買収することでシナジー効果を実現できるため、買い手にとっての対象会社の価値(の上限)はバイヤーズバリューです。
シナジー効果は買い手がいて初めて実現できる価値であるため、本来的には買い手に帰属すべきものです。ただし、M&Aが入札方式(オークション方式)で実施される場合、価格競争となるためシナジー効果の一部を価格に上乗せすることが必要な場面があります。この場合、シナジー効果の一部が売り手に帰属することとなります。
まとめ
以上、今回は主にM&Aの場面におけるシナジー効果につき検討しました。
ポイントをまとめると、以下の通りです。
- シナジー効果とは
- 相乗効果とも呼ばれ、2つ以上の要素が合わさることにより、それぞれの要素単体で得られる以上の効果を発揮すること。1+1>2(1足す1が2よりも大きくなること)のイメージ
- 売上高シナジーとコストシナジー
- 売上高シナジー
クロスセルやアップセルなどによる売上高の増加効果 - コストシナジー
一括購買・集中仕入や運送の集約などによるコストの削減効果
- 売上高シナジー
- M&Aにおけるシナジー効果
- ステップ1. シナジー効果の分析
ビジネスDDを通じて、シナジー効果を分析する - ステップ2. シナジー効果の反映
事業計画や企業価値評価にシナジー効果を反映する
- ステップ1. シナジー効果の分析
- M&Aにおけるシナジー効果① 事業計画
- 売上高シナジーやコストシナジーを定量化し、事業計画に反映する
- M&Aにおけるシナジー効果② 企業価値評価
- シナジー効果を考慮したバイヤーズバリューを計算し、価格交渉の上限とする