【図解】M&Aにおける年買法の概要・計算方法と数値例

【図解】M&Aにおける年買法の概要・計算方法と数値例

【図解】M&Aにおける年買法の概要・計算方法と数値例

M&Aの価格は、実務的にはどのように決まるのでしょうか?

M&Aの価格の考え方のことを、一般的には「企業価値評価」や「株式価値評価」といいます。

理論的には、インカムアプローチ・マーケットアプローチ・コストアプローチの3つに分類され、体系的に整理されています。

一方、M&Aの現場で頻繁に用いられているのは、マルチプル法(EV/EBITDA)と年買法(修正純資産+のれん)の2つです。

これらの2つの手法は、直感的な分かりやすさと計算の簡易さから、M&A実務において一定の地位を確立しています。

本記事では、これらの2手法のひとつである年買法の考え方やメリット・デメリット、計算方法や計算例につき、そのポイントをまとめました。

《執筆者》

PEファンド・M&Aアドバイザリーの実務経験があるSOGOTCHA(ソガッチャ)スタッフが執筆しました。

年買法の概要と株価の算定(数値例)

年買法の概要と株価の算定(数値例)

M&Aにおける価格の算定手法のひとつである年買法の概要、及び計算方法につき、見ていきます。

今回は、上図のテーマに沿って検討していきます。

年買法とは

年買法とは

まず、年買法の概要から検討していきます。

年買法(ねんばいほう)は、年倍法とも表記され、「純資産+のれん」や「純資産+営業権」などと呼ばれることもある株式価値評価手法です。

年買法においては、株式価値は上図の通り、以下のステップで算出されます。

ステップ1. 対象会社の簿価純資産がスタート地点となる

ステップ2. 対象会社の資産・負債につき時価で評価し、含み損益を把握する

ステップ3. 含み損益を考慮し、修正純資産を算出する

ステップ4. 対象会社の収益力を踏まえ一定ののれん(営業権)を加算する

ステップ5. 結果、株式価値が算出される

以上が、年買法における株式価値の考え方です。

この点、重要なので、上記の考え方についてはきちんと理解しておきましょう。

M&Aの価格の考え方における年買法の位置付け

続いて、年買法は、M&Aの価格の考え方における全体像の中で、どのように位置付けられるのかを検討していきます。

年買法は、評価手法の全体の中で、実務的手法の一つとして、位置付けられます。

年買法は、マルチプル法と並び、M&A実務において頻繁に用いられている評価手法のひとつです。

M&Aの価格の考え方における年買法の位置付け

ここで、実務的手法として用いられているマルチプル法と年買法の違いにつき、確認しておきます。

マルチプル法は、元々理論的手法のマーケットアプローチのひとつとして発展してきました。

その後、マルチプル法の計算の簡易さや直感的な分かりやすさからM&Aの現場で用いられるようになっています。

理論的背景もあるため、マルチプル法は上場会社などの対外的な説明責任がより求められる企業などでも用いられています。

一方、年買法はM&A実務の現場、特に中小企業のM&Aの現場で発展してきたものです。

理論的手法との関係でいくと、年買法は理論的背景には乏しいものであり、対外的な説明力には欠けています。

このため、年買法は、上場会社によるM&Aの場面では、ほとんど用いられることはありません。

一方、その計算の簡易さや直感的な理解のしやすさから、オーナー企業を中心とした中小企業によるM&Aの場面では、多く用いられています。

なお、理論的手法との関係でいくと、年買法は修正純資産の考え方を取り込んでいるため、コストアプローチに近い考え方であると言えます。

但し、年買法では修正純資産に加えてのれん(営業権)も考慮しています。

こののれん(営業権)は対象会社の収益力、より具体的には営業利益などの利益指標を基に算出されます。

このため、年買法は、インカムアプローチの考え方も一部取り入れていると捉えることもできます。

いずれにせよ、年買法はM&Aの現場で発展してきた評価手法であり、理論的裏付けには欠けている点、留意しておきましょう。

年買法のメリット・デメリット

年買法のメリット・デメリット

続いて、年買法のメリット・デメリットについて検討していきます。

メリット

メリット

まず、年買法のメリットについて検討していきます。

年買法のメリットとして、以下の4点が挙げられます。

  • 計算が簡単で、直感的に理解しやすい
  • 一定の客観性を有する
  • 固有の性質を反映しやすい
  • 将来性についても一部反映できる

以下、個別に見ていきましょう。

計算が簡単で、直感的に理解しやすい

計算が簡単で、直感的に理解しやすい

第1に、計算が簡単であり、直感的に理解しやすいという点が挙げられます。

年買法の計算方法は、上述の通り、簿価純資産をスタート地点とし、一定の時価修正とのれん(営業権)から計算できるため、計算が簡単であり、直感的に理解しやすいという特性があります。

このため、中小企業のM&Aの場面などで受け入れられ、発達してきました。

一定の客観性を有する

一定の客観性を有する

第2の特徴は、一定の客観性を有している点です。

年買法は、対象会社の貸借対照表を計算のスタート地点としているため、客観的な数字から計算が始まります。

また、のれん(営業権)の算出にあたっても、対象会社の営業利益などの利益指標を基準に計算します。

この点、年買法は一定の客観性を有していると言えます。

固有の性質を反映しやすい

固有の性質を反映しやすい

第3に、対象会社の固有の性質を反映しやすいという点が挙げられます。

年買法は、対象会社の貸借対照表の個別の項目につき、時価修正を行います。

また、のれん(営業権)の考慮に際しては、対象会社の営業利益などの利益指標が用いられます。

このため、年買法による株式価値の算定に際しては、上場会社の指標などを基に算定するマルチプル法などと比べ、対象会社の固有の性質を反映しやすいという特徴を有しています。

将来性についても一部反映できる

将来性についても一部反映できる

第4の特徴として、将来性についても一部反映できる点が挙げられます。

年買法においては、清算価値に相当する修正純資産だけでなく、のれん(営業権)として一定の将来価値も考慮されています。

この点、単純なコストアプローチでは考慮されていない対象会社の将来性につき、一定程度反映していると言えます。

デメリット

デメリット

次に、年買法におけるデメリットにつき、見ていきましょう。

年買法のデメリットとして、以下の2点が挙げられます。

  • 理論的裏付けが乏しく、説明力に欠ける
  • 市場環境を反映できない

それぞれ、個別に検討していきましょう。

理論的裏付けが乏しく、説明力に欠ける

理論的裏付けが乏しく、説明力に欠ける

第1に、理論的裏付けが乏しいという点が挙げられます。

上述の通り、年買法はM&Aの現場で発展してきた考え方であり、理論的手法のような理論的裏付けがあるものではありません。

そのため、対外的な説明力に欠ける部分があります。

上場会社のように株主に対する説明責任がより強く求められる会社の場合、説明力のある理論的背景を有した評価手法が用いられる傾向にあり、そのような会社では年買法が用いられることはあまりありません。

市場環境を反映できない

市場環境を反映できない

第2のデメリットとして、市場環境を反映できない点が挙げられます。

年買法は、基本的には対象会社の貸借対照表や損益計算書の数値をベースとした評価手法です。

このため、マルチプル法で用いられるような株式市場とリンクした指標は用いられておらず、市場環境の反映は十分にできないというデメリットがあります。

以上が、年買法のメリット・デメリットになります。

年買法による株式価値の計算方法

年買法による株式価値の計算方法

続いて、年買法による株式価値の計算方法につき、見ていきましょう。

年買法による株式価値の計算は、以下の3つの段階に分けて考えることができます。

  • 第1段階:修正純資産の算出(資産・負債の評価替え)
  • 第2段階:のれん(営業権)の算出
  • 第3段階:株式価値の算出

以下、個別に検討していきましょう。

第1段階:修正純資産の算出(資産・負債の評価替え)

第1段階:修正純資産の算出(資産・負債の評価替え)

まず、第1段階では、対象会社の資産・負債の簿価をスタート地点とし、

含み損益を把握し、

資産・負債の各項目を時価で評価替えした上で修正純資産を算出します。

なお、本論から少し外れますが、時価で評価替えした純資産については、時価純資産と修正純資産という2つの表現方法があります。

時価純資産と修正純資産の違いは、以下の通りです。

  • 時価純資産:全ての資産・負債を時価で評価した上で算出される純資産
  • 修正純資産:主要な資産・負債を時価で評価した上で算出される純資産

実務上、全ての資産・負債項目につき時価で評価替えするのは現実的に難しいところがありますので、主要な資産・負債のみが時価で評価されるのが一般的です。

このため、年買法では、時価純資産ではなく修正純資産が計算されることになります。

以下では、個別の資産・負債項目につき、どのような修正がされ得るかを検討していきます。

売上債権(受取手形・売掛金)

売上債権(受取手形・売掛金)

まず、受取手形・売掛金に代表される売上債権についてです。

取引先の業績不芳などにより回収可能性が下がっている売上債権については、

簿価から回収可能額まで評価額を切り下げる必要があります。

棚卸資産(製品・商品・仕掛品・原材料など)

棚卸資産(製品・商品・仕掛品・原材料など)

次に、製品・商品・仕掛品・原材料や貯蔵品などに代表される棚卸資産についてです。

棚卸資産の中に滞留在庫や不良・陳腐化した在庫が含まれている場合、

回収可能額まで評価額を切り下げる必要があります。

有価証券

有価証券

続いて、有価証券についてです。

通常、有価証券については決算のタイミングで時価評価されていますが、

決算から時間が経過している場合や市場環境が大きく変わっている場合、改めて時価評価をする必要があります。

未収入金

未収入金

次に、未収入金についてです。

未収入金は、受取手形や売掛金と異なり本業に関わる債権とは異なりますが、

こちらについても、回収可能性に懸念のある債権については、回収可能額まで評価額を切り下げる必要があります。

貸付金

貸付金

続いて、貸付金についてです。

貸付金については、取引先やグループ会社、オーナー一族などを中心に貸付が為されているケースが多いですが、

こちらについても回収可能額を見積もり、回収可能性に懸念がある場合は、評価額を切り下げる必要があります。

不動産(土地・建物)

不動産(土地・建物)

次に、不動産についてです。

土地や建物については、含み損益が相応にあるケースが多いため、きちんと評価する必要があります。

よくあるケースとしては、老舗企業が代々保有している不動産が大きな含み益を抱えているケースや、

バブルの頃に取得した土地が大きな含み損を抱えているケースなどです。

機械設備・器具備品など

機械設備・器具備品など

次に、機械設備・器具備品などについてです。

これらの資産については、一般的には時価の把握が困難なケースが多くあります。

このため、減価償却費の計上過不足や耐用年数の確認などを通じて、簿価が適切な数値となっているかを検討します。また、事業に用いられていない機械設備・器具備品などがある場合、売却可能額が分かればその金額で評価替えしますが、売却可能額が分からない場合は、ゼロ評価とするといった対応も考えられます。

敷金保証金

敷金保証金

続いて、敷金保証金についてです。

敷金保証金については、経過年数などから、最終的にどの程度の回収が得られそうかを見積もる必要があります。

回収可能性が見込まれない部分については、評価額を切り下げる必要があります。

その他有価証券

その他有価証券

次に、その他有価証券についてです。

その他有価証券については、時価のあるものは時価で評価します。

一方、時価のないものについては、投資先の決算情報などから評価額を算定し、場合によっては、評価額を切り下げる必要があります。

退職給付引当金

退職給付引当金

続いて、退職給付引当金についてです。

非上場会社において退職給付引当金を計上しているケースは稀です。このため、非上場会社のM&Aにおける価値評価においては、退職金の支払債務につき、考慮する必要があります。

一般的には、社内の退職金規定などに基づき、現時点で支給する必要がある退職金相当額を試算します。年買法では、当該金額を簿外債務とし、純資産のマイナス項目として考慮します。

偶発債務

偶発債務

次に、偶発債務についてです。

買収監査(デューディリジェンス)を通じて判明した訴訟債務や残業代の未払債務などについては、簿外債務として考慮する必要があります。

訴訟債務や残業代の未払債務など、ある程度金額が確定しているものについては、当該金額を簿外債務とし、純資産のマイナス項目として考慮します。なお、金額が不確定なものについては、金額の妥当性につき売り手と買い手で議論となるケースが多くありますが、最終的には一定の金額で決着させるべく交渉するのが一般的です。

以上が、年買法の第1段階である修正純資産の算出になります。

第2段階:のれん(営業権)の算出

第2段階:のれん(営業権)の算出

次に、年買法の価値評価の第2段階であるのれん(営業権)の算出についてです。

のれん(営業権)は、一般的には以下の算式で計算されます。

のれん(営業権)=利益指標×年数

のれん(営業権)の算出については、構成要素に分解して検討します。

利益指標

利益指標

のれん(営業権)の算出に際しては、利益指標として本業の収益力を表す営業利益が用いられるのが一般的です。

営業利益が年度毎に大きく異なる場合は、正常収益力と見込まれる水準や過去数年間の平均値などが用いられます。

年数

年数

ここで、「年数」の箇所は、対象会社の業種や事業内容、魅力度などによって変化しますが、一般的には1年から3年(長い場合は5年)が用いられます。

なお、この点は、M&A市場の需給環境や買い手の意欲によって変化します。

第3段階:株式価値の算出

第3段階:株式価値の算出

続いて、年買法による価値評価の第3段階として、株式価値の算出についてです。

第1段階で算出した修正純資産、及び第2段階で算出したのれん(営業権)に基づき、以下の算式で株式価値が算出されます。

修正純資産+のれん(営業権)=株式価値

以上が、年買法による株式価値の算出方法です。

年買法による株式価値の算出(数値例)

年買法による株式価値の算出(数値例)

続いて、年買法による株式価値の具体的な算出方法につき、具体的な数字を交えて検討していきましょう。

財務諸表の数字としては、以下を前提に考えます。

第1段階:修正純資産の算出(資産・負債の評価替え)

まず、第1段階として、資産・負債の評価替えを行い、修正純資産を算出します。

資産・負債の簿価については、以下の通りと想定します。

ここで、各資産の含み損益として、以下の修正を考慮します。

含み損益を反映した資産・負債は、以下の通りと想定します。

結果として、修正純資産は以下の通りと計算されます。

第1段階:修正純資産の算出(資産・負債の評価替え)

第2段階:のれん(営業権)の算出

次に、第2段階として、のれん(営業権)の算出を行います。

のれんの算出にあたり、利益指標としては営業利益、年数としては3年と想定します。

こちらの計算の結果、のれん(営業権)としては以下の通り算出されます。

第2段階:のれん(営業権)の算出

第3段階:株式価値の算出

最後に、第3段階として、株式価値を算出します。

株式価値は、修正純資産とのれん(営業権)の合計額として算出されます。

第3段階:株式価値の算出

以上が、年買法による株式価値の算出の具体例です。

以上、今回は以下のテーマに沿って、年買法の概要及び株式価値の算出方法・計算例につき検討しました。

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