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バリューチェーンは有名な経営分析ツールであるため、ご存知の方も多いと思います。一方、ビジネスの現場で実際に使った経験がある方は意外と少ないのではないかと思います。
経営企画部門やコンサルティング会社の方々には慣れ親しんだ分析ツールかといますが、バリューチェーンはそのシンプルなフレームワークから非常に応用可能性が高く、自社の経営戦略から他社の買収を検討するM&Aの場面まで、非常に柔軟に利用することができます。
本記事では、バリューチェーンの基本から実務的な応用方法まで、幅広く検討していきます。
なお、本記事の内容はこちらの動画でもご覧いただけます。
《執筆者》
高橋 祐未/株式会社マーブル 代表取締役社長
1990年宮城県仙台市生まれ。東北大学理学部数学科卒業。2013年より都内で事業会社・投資ファンド運営会社を経て、2019年株式会社マーブルを設立。
バリューチェーンの概要
バリューチェーンとは
バリューチェーンとは、ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が考案した概念で、企業の活動を機能別に整理し、各機能が生み出す価値の合計(連鎖)が企業の価値を生み出していると捉えるものです。
機能ごとに価値の源泉を分解することで、企業活動のうち、どの部分からどの程度の価値が創出されているかを把握することができます。
バリューチェーンは、一般的には上図の通り整理されます。
- 主活動
- 購買物流
原材料の受入、保管、配置 - 製造
原材料の製品化 - 出荷物流
製品の配置、保管、出荷 - 販売・マーケティング
製品の顧客への販売活動 - サービス
製品の販売後のアフターサービス
- 購買物流
- 支援活動
- 全般管理(インフラストラクチャー)
法務・経理・財務などの本部機能 - 人事・労務管理
募集・採用・育成などの人事労務機能 - 技術開発
主活動で必要となる研究開発機能 - 調達活動
主活動で必要となる原材料の調達活動
- 全般管理(インフラストラクチャー)
- マージン
- 主活動・支援活動の結果、企業として生み出した利益(マージン)
これらはポーターの分類に沿ったものですが、必ずしも上記の分類方法に固執する必要はありません。
事業内容によっては、技術開発や調達活動が主活動に位置付けられる会社もありますので、各社の事業に応じて柔軟にバリューチェーンを把握することが重要です。
個社のバリューチェーン
上記の通り、バリューチェーンは、各企業(個社)の事業活動を機能別に分類し、どの機能(活動)からどの程度の付加価値が生み出されているかを把握することができます。
このため、自社の分析に用いることができるのはもちろん、競合他社やM&Aの対象会社の分析にも用いることができます。
業界(産業)のバリューチェーン
元々、バリューチェーンは各企業の内部分析のツールとして考案されましたが、自社の活動の一部が社外にアウトソーシングされている場合、自社の活動だけを分析対象とすることは適切ではありません。
このため、バリューチェーンの概念を社外、さらには業界全体にも拡張して用いるようになりました。
すなわち、業界(産業)のバリューチェーンは、業界全体の活動を機能別に分類し、業界の中のどの機能(活動)からどの程度の付加価値が生まれているかを把握するものです。
このように、当初は内部分析のツールであったバリューチェーンは、外部分析のツールとしても利用されています。
バリューチェーン分析の展開・応用
次に、バリューチェーン分析の展開・応用についてです。バリューチェーンのより実務的・実践的な活用方法について検討します。
ここでは、「個社のバリューチェーン」と「業界(産業)のバリューチェーン」の2つに分けて検討します。
個社のバリューチェーン
まず、個社のバリューチェーンについて考えます。
以下では、「基本形+応用」という形で、基本形をベースとしつつ、バリューチェーンの展開・応用方法について検討していきます。
基本形
基本形は、主活動のみを取り上げたシンプルなバリューチェーンとします。シンプルな形状とすることで、柔軟に応用することができます。支援活動の内、重要なものについては、主活動としてこちらの図に取り込むことが考えられます。
なお、基本形は業界(産業)や各社の事業内容によって異なりますので、自社やM&Aにおける対象会社(ターゲット企業)の事業内容を踏まえ、柔軟に設定してください。
応用① 各プロセスの細分化
応用例の1つ目は、各プロセスの細分化です。
バリューチェーンの各プロセス(価値段階)をさらに細かく分解し、各プロセスの中でも特にどの機能から価値が生み出されているのかを把握しようとするものです。
バリューチェーンに沿って横に展開していくと横長な図になってしまうため、上図のように各プロセスの下に縦に配置すると便利です。
応用② 担当部門のマッピング
応用例の2つ目は、担当部門のマッピングです。
バリューチェーンに沿って、各プロセスを担当している部門を配置することで、バリューチェーンと組織の関係をわかりやすく整理することができます。
応用③ 事業構造の把握
応用例の3つ目は、事業構造の把握です。
例えば、縦に各事業を配置し、各プロセスにおける主要な財務指標(例えば、売上高・費用・利益など)をマッピングすることで、各事業のどの部門がどのような価値を生み出しているのかを定量的に把握することができます。
自社の強みや収益改善のためのボトルネックを把握する上で、こちらの分析は有効に活用することができます。
応用④ 競合他社との比較
応用例の4つ目は、競合他社との比較です。
自社のバリューチェーンと競合他社のバリューチェーンを比較することで、自社の強み・弱みを把握し、今後の経営戦略に活かすことができます。
応用⑤ KFSの検討
応用例の5つ目は、KFS(Key Factor for Success:成功要因)の検討です。
前出の「基本形+応用④ 競合他社との比較」などから各プロセスにおけるKFSを把握し、自社の現状と照らし合わせ、どこに改善ポイントがあるかを把握するのに役立てることができます。
応用⑥ シナジーの検討
応用例の6つ目は、シナジーの検討です。
M&Aの場面において、自社と対象会社のバリューチェーンを比較し、どのプロセスでどのようなシナジーが見込めそうかを検討するのに有効です。
以上が、個社のバリューチェーンの展開・応用例です。
業界(産業)のバリューチェーン
続いて、業界(産業)のバリューチェーンについてです。
こちらも個社のバリューチェーンにおける展開・応用と同様、「基本形+応用」という構成で検討していきます。
基本形
業界(産業)のバリューチェーンも、基本形は主活動のみを取り上げたシンプルなバリューチェーンとします。
なお、基本形は業界(産業)によって異なりますので、自社やM&Aにおける対象会社(ターゲット企業)の業界(産業)を踏まえ、柔軟に設定してください。
応用① プレーヤーのマッピング
応用例の1つ目は、プレーヤーのマッピングです。
業界のバリューチェーンの各プロセスにおける企業(プレーヤー)を配置することで、業界の主要プレーヤーを把握することができます。
また、分析対象とする企業(自社やM&Aの対象会社)とつながりがある企業について明示することで、業界内の関係性を把握することもできます。
応用② 業界構造の把握
応用例の2つ目は、業界構造の把握です。
例えば、各プロセスの主要企業の利益水準などから、業界内でどのプロセスが価値を生み出しているのかを把握することができます。
さらに、縦に製品類型や事業類型で細分化することで、より細かい業界構造を把握することもできます。
以上が、業界(産業)のバリューチェーンの展開・応用についてです。
バリューチェーンと他のフレームワークの連携
次に、バリューチェーンと他の分析フレームワークとの連携について検討します。
ここでは、次の3つの分析フレームワークとの連携を考えます。
- ファイブフォース分析
- 競争戦略の3類型
- VRIO分析
以下、個別に検討していきます。
ファイブフォース分析とバリューチェーン
ファイブフォース分析は、外部分析の代表的なツールの一つで、「会社」ではなく会社が属する「市場(上記の業界のバリューチェーンにおける各プロセスに相当)」を分析対象とします。
業界(産業)のバリューチェーンとファイブフォース分析を組み合わせることで、分析対象とする市場の売り手(川上)と買い手(川下)との関係をより明確に捉えることができます。
なお、ファイブフォース分析について詳しく知りたい方は、こちらの記事もご参照ください。
▽関連記事:5つの力で産業分析|ポーターのファイブフォース分析とは
競争戦略の3類型とバリューチェーン
競争戦略の3類型は、外部分析の代表的なツールのひとつで、会社が属する市場の中で、会社がどのような戦略を採っているか、または採るべきかを検討するためのツールです。
企業が採るべき戦略は、コストリーダーシップ戦略・差別化戦略・集中戦略の3つしかありませんが、どの戦略を採るか(採り得るか)は各社の競争優位の源泉に拠ります。
ここで、各社の競争優位の源泉を分析する上で、バリューチェーンによる内部分析が役立ちます。
▽関連記事:ポーターの3つの基本戦略|コストリーダーシップ・差別化・集中戦略
VRIO分析とバリューチェーン
VRIO分析は、内部分析の代表的なツールのひとつで、企業が有する経営資源を次の4つの観点から分析し、競合他社に対する競争優位の源泉となり得るかを分析する手法です。
- Value(経済価値)
顧客にとって価値があるものを生み出しているか? - Rarity(希少性)
少数企業だけが持っているものか? - Inimitability(模倣困難性)
競合他社が容易に模倣できないものか? - Organization(組織)
組織として経営資源を十分に活用できる仕組みが整っているか?
バリューチェーンで企業の活動を機能別に分解し、各機能をVRIO分析で評価することで、各機能の競争優位性を把握することができます。
このように、バリューチェーンを単独で用いるだけでなく、他のフレームワークと連携させることで、より深い分析に役立てることができます。
M&AのビジネスDDにおける応用
続いて、M&AのビジネスDDにおけるバリューチェーンの応用方法について検討します。
ここでは、次の3つの段階に沿って、バリューチェーンを応用します。
- 第一段階:業界分析
- 第二段階:個社分析
- 第三段階:シナジー分析
以下、個別の各段階について検討していきます。
第一段階:業界分析
まず、対象会社の属する業界(産業)の分析です。
ここでは、次の2ステップで分析します。
ステップ1. 業界プレーヤーの分析(応用①)
業界の基本構造を把握し、各プロセスにおける主要企業(プレーヤー)を把握します。ここで対象会社の仕入先にあたる川上業界、販売先にあたる川下業界の取引先については明示的に把握しておくことが望ましいと考えます。
ステップ2. 業界構造の分析(応用②)
業界の各プロセスの主要企業の財務指標などから、各プロセスの利益水準を把握します。これによって、業界全体でどこに利益が生まれているかを把握することができます。
なお、業界内でも製品やサービス、事業内容によって差が生じる場合は、対象会社の事業内容を踏まえ、分析の範囲(メッシュ)を絞ることが有効です。
また、このタイミングでファイブフォース分析も併用すれば、対象会社の属する業界(産業)についての理解がより深まります。
第二段階:個社分析
次に、個社の分析です。
ここでは、M&Aのターゲットである対象会社に加え、自社の分析も行います。対象会社の分析はM&Aの検討で必須ですが、自社の分析はM&Aによる対象会社とのシナジー効果を把握するために実施します。
以下、対象会社と自社のそれぞれについて見ていきましょう。
対象会社の分析
対象会社については、次の3つのステップで分析します。
ステップ1. 事業構造の分析(応用③)
対象会社の事業構造について、事業内容や製品別に区分して分析します。そこから、対象会社の強みや弱み、競争優位の源泉を把握します。
ステップ2. 競合他社の分析(応用④)
対象会社の競合他社についても、バリューチェーン分析を行い、他社の強みや弱みを把握します。ただし、通常競合他社の情報は限定的であるため、詳細なバリューチェーンを描くことは実務的には簡単ではありません。
ステップ3. KFSの検討(応用⑤)
自社や競合他社の分析を踏まえ、KFSを検討します。ここでは、M&A実施後の経営戦略や経営方針を踏まえ、既に実現できているKFSの強化や、現在KFSとの間にあるギャップの解消方法などを検討します。
自社の分析
続いて、M&Aの買い手となる自社について、次の分析を行います。
ステップ4. 事業構造の分析(応用③)
第三段階のシナジー分析を行う前提として、買い手となる自社自身の事業構造の分析を行います。
第三段階:シナジー分析
続いて、第三段階はシナジー分析です。
M&Aを実施することで、買い手である自社は対象会社との間でどのようなシナジー効果を実現することができるのか、バリューチェーンを軸として考えます。
具体的には、次の分析を行います。
シナジーの検討(基本形+応用⑥)
自社と対象会社のバリューチェーンを比較し、各プロセスにおけるシナジー効果の種類や内容、その実現可能性について検討します。
以上のように、M&AのビジネスDDの場面においても、バリューチェーンは有益な分析フレームワークとして活用することができます。
まとめ
以上、今回はバリューチェーンの概要や実務的な応用方法、M&Aの場面における活用方法について検討しました。
主なポイントをまとめると、以下の通りです。
- バリューチェーンとは
企業の活動を機能別に整理し、各機能が生み出す価値の合計(連鎖)が企業の価値を生み出していると捉えるもの。
機能ごとに価値の源泉を分解することで、企業活動のうち、どの部分からどの程度の価値が創出されているかを把握することができる。 - 個社のバリューチェーンと業界(産業)のバリューチェーン
元々、バリューチェーンは個別企業(個社)の分析を目的として開発されたもの。その後、業界(産業)単位にも拡張され、業界全体の分析を行うためにも用いられている。 - バリューチェーン分析の展開・応用①(個社)
基本形:主活動のみから成るシンプルなバリューチェーン
基本形+応用①:各プロセスの細分化
基本形+応用②:担当部門のマッピング
基本形+応用③:事業構造の把握
基本形+応用④:競合他社との比較
基本形+応用⑤:KFSの検討
基本形+応用⑥:シナジーの検討 - バリューチェーン分析の展開・応用②(業界(産業))
基本形:シンプルなバリューチェーン
基本形+応用①:プレーヤーのマッピング
基本形+応用②:業界構造の把握 - バリューチェーンと他のフレームワークの連携
ファイブフォース分析:バリューチェーンを用いることで、より深く業界構造を分析することができる。
競争戦略の3類型:バリューチェーンを用いることで、競争優位の源泉を分析するのに役立てることができる。
VRIO分析:バリューチェーンで分解した各機能についてVRIO分析で評価することで、競争優位の源泉を分析することができる。 - M&AのビジネスDDにおける応用
第一段階:業界分析
・ステップ1. 業界プレーヤーの分析
・ステップ2. 業界構造の分析
第二段階:個社分析
対象会社
・ステップ1. 事業構造の分析
・ステップ2. 競合他社の分析
・ステップ3. KFSの分析
自社
・ステップ4. 事業構造の分析
第三段階:シナジー分析
・シナジーの検討
本記事で検討した通り、バリューチェーンは応用可能性が高く、自社の経営戦略やM&Aの対象会社の事業内容を分析する上で、非常に便利なツールです。
M&Aの場面で考えると、初期的に対象会社の分析を行う場合や、本格的な買収監査(DD)の場面でビジネスDDの一環として、シナジー効果を定量的に把握したい場面などで頻繁に用いられます。
非常に便利なツールではありますが、実務的には一定の限界や制約(例. 競合他社の情報が限定的であったり、シナジー効果の定量化が難しいなど)はあります。
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