目次
株式譲渡は、事業譲渡と並んで、M&Aにおいて最も利用されるスキームのひとつです。
では、株式譲渡と他のスキームではどのような違いがあるのでしょうか。
あるいは、株式譲渡にはどのようなメリットやデメリットがあるのでしょうか。
本記事では、M&Aのスキームを選択する際の参考として、株式譲渡のスキームの特徴を解説します。
なお、本記事の内容はこちらの動画でもご覧いただけます。
《執筆者》
PEファンド・M&Aアドバイザリーの実務経験があるSOGOTCHA(ソガッチャ)スタッフが執筆しました。
株式譲渡とは
株式譲渡とは、売り手が保有している株式を買い手に譲渡するものです。
株式譲渡はM&Aスキームの一種であり、事業譲渡と並び、M&Aにおける2大スキームのひとつにあたります。
本記事では、以下のテーマに沿って、株式譲渡の概要やメリット・デメリットについて検討していきます。
なお、今回は、大企業における子会社の売却や、事業承継におけるM&Aに代表される非上場株式の株式譲渡を対象とします。
株式譲渡の関係者
株式譲渡のスキームを理解するために、まずは株式譲渡の関係者について整理していきましょう。
株式譲渡に限らず、M&Aのスキームを理解する際には、売り手・取引対象・買い手の3者が何なのかを理解するのがポイントです。
株式譲渡における売り手・取引対象・買い手は、以下の通りです。
- 売り手:株式を保有する株主
- 取引対象:株主が保有する株式
- 買い手:株式を取得する事業会社や個人
なお、株式譲渡の取引対象は上記の通り株主が保有する株式ですが、実質的には、株式を通じて取引される対象会社そのものです。
基本的には、売り手と買い手の2者が当事者となり、取引対象である株式、ひいては対象会社そのものを取引することになります。
株式譲渡の取引の流れ
続いて、株式譲渡の取引の流れについてです。
株式譲渡のスキームをシンプルに表すと、次の2つのステップから成ります。
Step1: 株式の譲渡:売り手は、買い手に対し、株式を譲渡する
Step2: 対価の支払:買い手は、売り手に対し、株式の対価を支払う
実際、株式譲渡は他のM&Aスキームに比べ手続的にもシンプルであるため、その便利さから、M&Aの場面で多用されています。
株式譲渡と他のM&Aスキームの比較
続いて、他のM&Aスキームと株式譲渡を比較・検討してみましょう。
本記事では、
- 株式譲渡
- 事業譲渡
- 増資
の3つのM&Aスキームを取り上げ、株式譲渡と他の2つのM&Aスキームを比較することで、株式譲渡の特徴を明確化していきます。
特に、
- 取引対象
- 対価の受け手
という2つの観点で比較していきましょう。
株式譲渡と事業譲渡
まずは、株式譲渡と事業譲渡の違いについてです。
株式譲渡の関係者と取引の流れは、上述の通り。
繰り返しになりますが、関係者は、
- 売り手:株式を保有する株主
- 取引対象:株主が保有する株式
- 買い手:株式を取得する事業会社や個人
の3者。取引の流れとしては、
Step1: 売り手は、買い手に対し、株式を譲渡する
Step2: 買い手は、売り手に対し、株式の対価を支払う
というステップで取引が為されます。
一方、事業譲渡の関係者と取引の流れは、次の通りです。
まず、関係者は、以下の3者。
- 売り手:事業を有する会社
- 取引対象:会社が有する事業
- 買い手:事業を取得する会社
また、事業譲渡は以下の流れで取引されます。
- 売り手である会社が、買い手に対し事業を譲渡する
- 買い手は、売り手に対し、事業を取得した対価を支払う
以上が、事業譲渡の関係者と取引の流れです。
さて、それでは株式譲渡と事業譲渡の違いについて、
- 取引対象
- 対価の受け手
という2点から比較していきましょう。
株式譲渡と事業譲渡の比較:取引対象
株式譲渡の取引対象は株式ですが、実態的には、株式の先にある会社そのものです。
言い換えると、会社全体が取引対象となります。
一方、事業譲渡の取引対象は事業です。
仮に売り手に複数の事業がある場合、売り手はひとつの事業のみを買い手に譲渡することもできます。
すなわち、株式譲渡が会社全体を取引対象としていたのに対し、事業譲渡は会社の一部の事業のみを取引対象とすることもできます。
株式譲渡と事業譲渡の比較:対価の受け手
次に、対価の受け手についてです。
株式譲渡の場合、対価の受け手は売り手である株主です。
一方、事業譲渡の場合、対価の受け手は売り手である会社です。
この点は、M&Aのスキームを考える上で重要なポイントです。
ここで例として、オーナー社長が会社を譲渡する事業承継型のM&Aの場合を考えてみましょう。なお、事業承継型M&Aにおいても、株式譲渡と事業譲渡は代表的なスキームです。
この場合、株式譲渡であれば、オーナー社長は直接M&Aの対価を受け取ることができます。
一方、事業譲渡の場合、M&Aの対価を受け取るのは会社です。
このため、オーナー社長が個人として対価を受け取りたい場合、自己株買いや配当を通じて、資金を吸い上げる必要があります。
一般的に、自己株買いや配当は株式譲渡に比べて税務上不利となります。
そのため、オーナー社長の手取額という観点において、株式譲渡と事業譲渡、どちらのスキームを選択するかは重要なポイントです。
株式譲渡と増資
続いて、株式譲渡と増資の違いについて見ていきましょう。
なお、ここでいう増資は、特定の第三者に株式を発行する第三者割当増資を前提とします。
株式譲渡については、繰り返し述べているので割愛します。
一方、増資の関係者と取引の流れは、次の通りです。
まず、関係者は、以下の3者。
- 売り手:株式を発行する会社
- 取引対象:会社の株式、実質的には株式を発行する会社
- 買い手:会社の発行する株式を取得する会社や個人
また、増資は以下の流れで取引されます。
- 売り手である会社は、買い手に対し、株式を発行する
- 買い手は、売り手である会社に対し、株式の対価を支払う
- 結果として、買い手は会社の新たな株主となる
ここで、会社の元々の株主は、再生目的の増資などの例外的な場合を除き、原則的にそのまま株主として残ります。
このため、増資を引き受けた買い手は、株式の100%を取得するわけではありません。
なお、M&Aの場合は買い手が株式の多数を取得するのが一般的です。
以上が、増資の関係者と取引の流れです。
さて、それでは株式譲渡と増資の違いについて、
- 取引対象
- 対価の受け手
という2点から比較していきましょう。
株式譲渡と増資の比較:取引対象
株式譲渡・増資ともに、取引対象は株式、及びその先にある会社です。
株式譲渡と増資の比較:対価の受け手
次に、対価の受け手についてです。
株式譲渡は、売り手である株主が、株式の対価を受け取ります。
一方、増資は、売り手である会社が、株式の対価を受け取ります。
すなわち、株式譲渡と増資の大きな違いは、株主が資金を受け取るか、あるいは会社が資金を受け取るかという点です。
例えば、会社が苦境に陥っており資金繰りに窮している場合などは、会社の資金ニーズを満たすために増資による資金供給などが行われます。
株式譲渡のメリット
続いて、株式譲渡のメリットについてです。
メリットについては、売り手・買い手のそれぞれの立場から検討していきます。
株式譲渡の売り手のメリット
まずは、売り手におけるメリットについてです。
売り手にとって、株式譲渡には以下の4つのメリットが存在します。
- 手続がシンプル
- 個人が売り手の場合、税負担が軽い
- 会社をまとめて譲渡できる
- 株式の一部を残しておく余地もある
それでは、各項目について詳しく見ていきましょう。
株式譲渡の売り手のメリット① 手続がシンプル
売り手におけるメリットの1つ目は、手続がシンプルであるということです。
株式譲渡は、手続が簡便なM&Aスキームです。
譲渡制限株式の場合は対象会社の取締役会などの譲渡承認が必要となりますが、譲渡制限株式でない場合、基本的には株主の意向で株式を売却することができます。
ただし、株主が法人の場合、一定の子会社の売却については、売り手である法人の株主総会決議や取締役会決議が必要となりますのでご留意ください。
また、事業譲渡や会社分割などと違い、譲渡対象の資産や負債を個別に特定する必要もないため、その点からもシンプルに手続を進めることができます。
株式譲渡の売り手のメリット② 個人が売り手の場合、税負担が軽い
売り手におけるメリットの2つ目は、個人が売り手の場合、税負担が軽いことです。
個人が売り手の場合、株式の譲渡所得(株式の売却益)に対し、約20%の申告分離課税が課されます。
一方、株式譲渡ではなく、個人が会社の資金を配当や自己株買いを通じて回収しようとする場合、通常は株式譲渡に比べて税負担が重くなり、結果として手取額が減少します。
株式譲渡の売り手のメリット③ 会社をまとめて譲渡できる
売り手におけるメリットの3つ目は、会社をまとめて譲渡することができる点です。
売り手として、会社が保有している遊休資産なども含め、一括で譲渡したいと考えている場合、株式譲渡のスキームを選択することで、会社を丸ごと売却することができます。
株式譲渡の売り手のメリット④ 株式の一部を残しておく余地もある
売り手におけるメリットの4つ目は、株式の一部を残しておく余地があることです。
例えば、売り手として、株式の100%を売却するのではなく、株式の一部を保有し続けたい場合を考えます。
この場合、買い手の意向にもよりますが、一部の株式を継続保有し、会社に関与し続ける余地もあります。
株式譲渡の買い手のメリット
続いて、買い手における株式譲渡のメリットについて、検討していきましょう。
買い手にとって、株式譲渡には以下の5つのメリットが存在します。
- 手続がシンプル
- 会社をまとめて取得できる
- 一定以上の株式取得により支配権を獲得できる
- 株式の一部を既存株主に残していくこともできる
- 子会社として独立管理できる
それでは、以下、各項目について詳しく掘り下げます。
株式譲渡の買い手のメリット① 手続がシンプル
買い手におけるメリットの1つ目は、手続がシンプルである点です。
売り手のメリットでも言及した通り、株式譲渡は手続が簡便であるため、買い手にとっても利用しやすいスキームです。
なお、買い手が法人の場合、一定の要件に該当する場合は、株式譲渡による株式取得につき株主総会や取締役会の決議を経る必要がありますのでご留意ください。
株式譲渡の買い手のメリット② 会社をまとめて取得できる
買い手におけるメリットの2つ目は、会社をまとめて承継できることです。
買い手は、株式の取得を通じて、対象会社の全体を取得することができます。
この点、事業譲渡との比較で考えると、事業譲渡の場合は一部の事業のみを取得することになります。
このため、経理や総務などのバックオフィス機能が譲渡対象から除かれた場合、買い手で補完する必要があります。
一方、株式譲渡の場合は対象会社の全体を取得することになるため、このような対応が不要です。
株式譲渡の買い手のメリット③ 一定以上の株式取得により支配権を獲得できる
買い手におけるメリットの3つ目は、一定以上の株式を取得できれば、支配権を獲得できることです。
通常、株主総会の普通決議については過半数、特別決議については3分の2以上の賛成が必要です。
このため、3分の2以上の株式を取得すれば、実質的に会社の支配権を取得することになります。
この点、裏を返せば、必ずしも株式の100%を取得する必要はなく、原則として3分の2以上を取得すれば十分ということもできます。
株式譲渡の買い手のメリット④ 株式の一部を既存株主に残していくこともできる
買い手におけるメリットの4つ目は、株式の一部を既存株主に残しておくこともできる点です。
先ほど述べたように、買い手は、必ずしも株式の100%を取得する必要はありません。
このため、例えばオーナー社長からの事業承継をM&Aで行う場合、オーナー社長に一定の株式を継続保有させ、事業にも一定の関与を続けてもらう、というような策を検討することも可能です。
株式譲渡の買い手のメリット⑤ 子会社として独立管理できる
買い手におけるメリットの5つ目は、対象会社を子会社として独立管理することができることです。
株式譲渡の場合、対象会社は、買い手の子会社となります。
この点、買い手が対象事業を自社に取り込む事業譲渡や、対象会社と一体になる合併とは区別されます。
子会社として法人格を分けておくことで、親会社である買い手として、対象会社を管理しやすい状態にしておくこともメリットの1つと考えられます。
株式譲渡のデメリット
さて、続いては株式譲渡のデメリットについて検討していきます。
デメリットについても、メリットの場合と同様、売り手と買い手に分けて考えましょう。
株式譲渡の売り手のデメリット
まずは、売り手におけるデメリットについてです。
売り手にとって、株式譲渡には以下の2つのデメリットが存在します。
- 会社の一部だけを譲渡することはできない
- 株式が分散している場合、集約の負担がある
それでは、各項目について詳しく見ていきましょう。
株式譲渡の売り手のデメリット① 会社の一部だけを譲渡することはできない
売り手におけるデメリットの1つ目は、会社の一部だけを譲渡することはできない点です。
上述の通り、株式譲渡は対象会社の全体を取引対象とします。
このため、会社の一部の事業のみを譲渡するというような柔軟な取引はできません。
売り手が事業の一部のみの譲渡を検討する場合、株式譲渡ではなく事業譲渡や会社分割など、他の手法を検討する必要があります。
株式譲渡の売り手のデメリット② 株式が分散している場合、集約の負担がある
売り手におけるデメリットの2つ目は、株式が分散している場合、集約の負担があることです。
株主が分散しているケースというのは、すなわち、売り手以外にも複数の株主が存在するケースです。
このようなケースにおいて買い手が株式の100%の取得を希望する場合、買い手の意向次第では、売り手は自分以外の他の株主についても買い手に売却するように取りまとめるよう、対応を求められることもあります。
その際、他の株主との関係が良好でない場合などは株式の集約が難航し、株式譲渡を実現できないケースもあります。
株式譲渡の買い手のデメリット
続いて、買い手における株式譲渡のデメリットについて、検討していきましょう。
買い手にとって、株式譲渡には以下の3つのデメリットが存在します。
- 簿外債務の承継リスクがある
- 株式が分散している場合、集約の負担がある
- シナジーが不十分となるリスクがある
それでは、以下、各項目について詳しく掘り下げます。
株式譲渡の買い手のデメリット① 簿外債務の承継リスクがある
買い手におけるデメリットの1つ目は、簿外債務の承継リスクがあることです。
前述の通り、株式譲渡により、買い手は対象会社を丸ごと引き受けます。
このため、対象会社に簿外債務が存在する場合、買い手はその簿外債務についても承継することになります。
この点について他のスキームと比較すると、事業譲渡や会社分割の場合は譲渡対象となる資産や負債を特定するため、原則として簿外債務は承継しません。
株式譲渡の買い手のデメリット② 株式が分散している場合、集約の負担がある
買い手におけるデメリットの2つ目は、株式が分散している場合、集約の負担がある点です。
売り手のデメリットでも言及しましたが、株式が分散している場合、株式の取得が難航するケースがあります。
なお、買い手として100%取得にこだわる場合、3分の2以上の株式を取得すれば、スクイーズアウトにより少数株主を排除し、100%保有を実現することは可能です。
株式譲渡の買い手のデメリット③ シナジーが不十分となるリスクがある
買い手におけるデメリットの3つ目は、M&Aによるシナジーが不十分となるリスクがあるということです。
株式譲渡の場合、対象会社は買い手の子会社となります。
その後、合併等の組織再編を行わない限り、対象会社は買い手の子会社として、すなわち別法人として存続することになります。
子会社として独立したままであるため、場合によっては親会社・子会社間での連携が思うように進まず、M&Aによるシナジーが十分に発揮できないケースも起こり得ます。
まとめ
さて、今回はM&Aの2大スキームの1つである株式譲渡の概要及びメリット・デメリットについて取り上げました。
スキーム選択の参考になったら幸いです。
なお、本記事の内容はこちらの動画でもご覧いただけます。
SOGOTCHA(ソガッチャ)では、オンラインでM&Aの相談を受け付けています。
PEファンド・M&Aアドバイザリーの実務経験があるSOGOTCHA(ソガッチャ)スタッフがサポートしますので、ぜひお気軽にご相談ください。