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ポーターのファイブフォース(5つの力)分析。経営戦略やマーケティングを学ぶ過程で、耳にしたことがある方も多いと思います。
一方、ビジネスの現場で実際に使ったことがある方は、意外と少ないのではないでしょうか。
経営企画部門や戦略コンサルタントの方々にとっては使い慣れたフレームワークだと思いますが、M&AにおけるビジネスDD(事業DD)を行う際にも活用できます。
ある会社や事業を買収する場合、DDの一環として対象会社の事業の分析も行われますが、対象会社の属している業界の魅力度を分析する場合、ファイブフォース分析が役に立ちます。
5つの要因(ファイブフォース)を丁寧に追っていくことで、対象会社の事業への理解が深まれば、M&Aの実施に際してより適切な意思決定をすることができます。
本記事では、上図のテーマに沿って、ファイブフォース分析の概要や留意点、実例などを解説します。
《執筆者》
PEファンド・M&Aアドバイザリーの実務経験があるSOGOTCHA(ソガッチャ)スタッフが執筆しました。
ファイブフォース分析とは
ファイブフォース分析(5フォース/5つの力分析)とは、業界の収益性を決める5つの要因(5つの力:ファイブフォース)から、ある業界(産業)の魅力度を分析するものです。ハーバード大学のマイケル・ポーターによって考案された経営ツールのひとつであり、一般的には、次の様な図で表されます。
ファイブフォース分析の特徴として、次の様なものが挙げられます。
- 企業ではなく業界(産業)を分析対象とする
各企業の収益性は、その企業が属する業界そのものの収益性に影響を受けます。そのため、各企業の分析に先立つ業界分析のツールとして利用できます。 - 業界の収益性を決める要因を5つに分類
「競争の激しさがその業界の収益性を決める」との考えに立脚し、業界の競争の激しさを決める要因を次の5つに分類しています。ここで、①〜③が業界内要因、④⑤が業界外要因です。- ①業界内の競合状況
- ②売り手(供給業者)の交渉力
- ③買い手(顧客)の交渉力
- ④新規参入の脅威
- ⑤代替品の脅威
- 自社の属する業界や新規参入を検討する業界の分析に利用できる
自社の経営戦略を考える上で、自社の属する業界の現状を把握するため、ファイブフォース分析のフレームワークを活用することができます。また、現状分析に留まらず、後述の通り経営戦略のアクションプランにつなげてこそ、ファイブフォース分析はその真価を発揮します。
加えて、新規参入を検討する業界や、M&Aで買収する企業の属する業界の分析にも利用することができます。
また、ファイブフォース分析を財務指標との関係で捉えると、上図の様に
- コスト:②売り手(供給業者)の交渉力によって決まる
- 売上高:③買い手(顧客)の交渉力によって決まる
- 利益:「売上高−コスト」で業界の利益が決まる
と簡易に整理することもできます。
①業界内の競合状況
ここからは、ファイブフォース分析の5つの各要因を検討していきます。
第1に、業界内の競合状況です。
業界内の競合状況が厳しい場合、その業界の魅力度は低下します。
業界の競合状況の厳しさは、次の様な観点から検討します。
- 競合企業の数
競合企業の数が多いほど、競合状況は厳しくなる。 - 競合状況の規模
競合企業各社の規模が同程度であれば、競合状況は厳しくなる。 - 製品・サービスの差別化
製品・サービスの差別化が難しい場合、価格競争にならざるを得ず、競合状況は厳しくなる。 - 業界の成長率
業界の成長率が低い場合、限られた市場の中におけるパイの取り合いとなるため、競合状況は厳しくなる。 - 業界からの撤退可能性
多額の撤退費用がかかるなど、業界からの撤退が難しい場合、業界内で競争を継続する必要があるため、競合状況は厳しくなる。
以上の様な観点から、業界内の競合他社の状況や業界環境を整理し、業界の魅力度を検討します。
②売り手(供給業者)の交渉力
第2に、売り手(供給業者)の交渉力です。
業界の商流図で考えた場合、川上(上流)に位置して、ある業界に原材料を提供する業界が売り手にあたります。
売り手がある業界に対して強い交渉力を持っており、価格などの条件面でその業界が不利益を被っている場合、業界としての魅力度は低下します。
売り手の交渉力が強まる要因として、次の様なものが挙げられます。
- 売り手が独占・寡占状態
売り手が独占・寡占などの状態にあり、売り手の数が限定的な場合、原材料の供給を受ける業界は、他の売り手を見つけることが容易ではない。そのため、原材料の供給元である売り手が供給先に対し、交渉力を持つ。 - 業界にとって、原材料の代替品がない
業界として原材料の代替品がない場合、その原材料を供給する売り手(またはその業界)に依存せざるを得ない。そのため、売り手の交渉力は高まる。 - 売り手を変えるスイッチングコストが高い
ある売り手から他の売り手に変更する場合のスイッチングコストが高い場合、売り手を変更することが容易ではない。そのため、原材料の供給元である売り手が供給先に対し、交渉力を持つ。
以上のように、業界の川上(上流)に位置する売り手(供給業者)との関係を把握し、業界の魅力度を検討します。
③買い手(顧客)の交渉力
第3に、買い手(顧客)の交渉力です。
業界の商流図で考えた場合、川下(下流)に位置して、ある業界が商品を販売する先が買い手(顧客)にあたります。
買い手がある業界に対して強い交渉力を持っており、価格などの条件面でその業界が不利益を被っている場合、業界としての魅力度は低下します。
買い手の交渉力が強まる要因として、次の様なものが挙げられます。
- 買い手が独占・寡占状態
買い手が独占・寡占の状態にあり買い手の数が限定的である場合、買い手の交渉力は高まる。 - 買い手にとって業界内の代替先がある
買い手にとって、業界内に他の代替先がある場合、買い手の交渉力が高まる。 - 買い手のスイッチングコストが低い
買い手にとって、代替品とのスイッチングコストが低い場合、買い手の交渉力は高まる。 - 製品・サービスが差別化されていない
製品・サービスが差別化されていない場合、買い手は業界内の他の代替先から購入することが可能であり、結果として価格競争に陥るため、買い手の交渉力が高まる要因となる。
以上の様に、業界の川下(下流)業界の交渉力を把握し、業界としての魅力度を検討します。
④新規参入の脅威
第4に、新規参入の脅威です。
新規参入が容易である場合、業界内の競合他社が増加し競争環境の厳しさが増しやすいため、業界の魅力度が低下します。
ここで、新規参入の脅威の程度は、業界の参入障壁の有無や程度によると言えます。
業界としての参入障壁が低いほど、業界への新規参入が容易となります。結果として新規参入が増え、競争環境は厳しくなり、業界としての魅力度は低下します。
一方、業界としての参入障壁が高い場合、業界への新規参入が難しくなります。この場合、新規参入による競争環境の悪化は限定的となるため、業界としての魅力度は高まります。
ここで、業界の参入障壁として、次の様なものが挙げられます。
- 規模の経済
規模の経済が効く業界の場合、競争力を有するためには、一定の規模の製造・販売を行う必要がある。新規参入でそのような競争力を獲得しようとする場合、参入当初から大規模な投資が必要となるため、参入障壁は高い。 - 製品・サービスの差別化
既存の製品・サービスが機能やブランド面から差別化され、業界内における地位を確立している場合、その差別化が参入障壁として機能するケースがある。新たなブランドを確立するべく参入したとしても、多額の広告宣伝費が必要となるため、その資金負担も参入障壁となり得る。 - スイッチングコスト
既存の製品・サービスから新規の製品・サービスに乗り換える場合のスイッチングコストが高い場合も、参入障壁が高い。 - 流通チャネル
業界内の流通チャネルが限定的/閉鎖的である場合、新規参入者による流通チャネルの確立が困難となる。この様な場合も、流通チャネルの確立の難しさが参入障壁となる。 - 技術・知的財産
製品・サービスを提供するために特定の技術や知的財産が必要となる場合、その技術や知的財産そのものが参入障壁となり得る。 - 政府の規制
事業に一定の許認可が必要な場合など、ある政府の規制があり、かつその規制を満たすのが容易でない場合、その規制自体が参入障壁となり得る。
以上の様な観点から、業界への新規参入の容易さを分析し、業界の魅力度を検討します。
⑤代替品の脅威
第5に、代替品の脅威です。
ある業界が提供する製品・サービスに代替品があり、代替品の利用が容易である場合、その業界の魅力度は低下します。
代替品については、特に次の2つの観点が重要と言えます。
- 代替品の有無
コーヒーと紅茶の様に、ある業界が提供する製品・サービスに代替品がある場合、2つの業界は業界レベルで競争関係にある。 - 代替品のスイッチングコスト
代替品を利用するのが容易である場合(代替品へのスイッチングコストが低い場合)、業界間の競争関係は厳しさが増し、業界としての魅力度は低下する。
ポケットベルやPHSの様に、代替品である携帯電話の登場により、ポケットベルやPHSの業界そのものが無くなるケースもあります。
業界の魅力度に留まらず、業界そのものの存亡にも関わる点なので、代替品の脅威についてはきちんと検討することが重要です。
ファイブフォース分析の留意事項
これまで見てきた通り、ファイブフォース分析は明確で分かりやすいフレームワークであるため、業界(産業)分析を行う際の不可欠の分析ツールであると言えます。
但し、ファイブフォース分析も必ずしも万能のツールではありません。
ファイブフォース分析の利用にあたっては、次の様な点に留意する必要があります。
留意事項① 業界の定義
留意事項の1つ目は、業界の定義です。
ファイブフォース分析の対象は「業界(産業)」ですが、どの範囲を業界と定義するかは個別に検討する必要があります。
例えば、「自動車業界」なのか「自動車部品業界」なのか「自動車のブレーキ部品業界」なのかなど、どの範囲を「業界」と定義するかにより、ファイブフォース分析の結果が変わってきます。
留意事項② 6番目の要因である補完的生産者
留意事項の2つ目は、5つの要因に含まれない6番目の要因として、補完的生産者の存在があります。
近年、ファイブフォース分析における5つの要因に加え、6番目の要因として補完的生産者について追加検討されるケースがあります。
補完的生産者とは、ある業界の製品・サービスの補完財の生産者のことであり、ホットドッグとマスタード、コーヒーと砂糖などの関係が挙げられます。
経済学の観点からは、5つの要因に基づくファイブフォース分析は、互いに競争関係で利益を取り合う『ゼロサム』の競争状態を前提としていますが、6つ目の要因である補完的生産者を盛り込む場合、市場全体の拡大を想定する『プラスサム』の状態を前提としています。
『競争』の観点を中心とするファイブフォース分析を行う際は、『協調』の観点の補完的生産者の存在を考慮する余地があります。
M&AのビジネスDDにおける応用
続いて、M&AのビジネスDDにおけるファイブフォース分析の活用方法につき、検討します。
以上で見てきたように、ファイブフォース分析を通じて対象会社が属する業界の魅力度を検討することができます。
さらに、対象会社の業界環境の現状分析にとどまらず、ファイブフォース分析の結果をM&A実施後のバリューアッププランに反映し、具体的なアクションにつなげてこそファイブフォース分析の真価は発揮されます。
すなわち、ファイブフォース分析を通じて把握された脅威に対しどう対処していくか、具体的なアクションに落とし込むことで、脅威を解消することができると言えます。
具体例で考えていきましょう。5つの要因につき、例えば次のような現状と対策が考えられます。
- ①業界内の競合状況
- 現状:同規模の競合が多数存在する
対策:競合を買収し、自社グループの規模の拡大を図る - 現状:製品・サービスが差別化されていない
対策:機能面やブランド面での差別化を実現するための開発・マーケティング戦略を実施する
- 現状:同規模の競合が多数存在する
- ②売り手(供給業者)の交渉力
- 現状:売り手が独占・寡占状態にあり、交渉力がある
対策:業界内におけるM&Aによる大規模化や資本提携・業務提携などを進め、売り手の交渉力に対抗できる様な大型化・連携を図る
- 現状:売り手が独占・寡占状態にあり、交渉力がある
- ③買い手(顧客)の交渉力
- 現状:製品が差別化しておらず、スイッチングコストも低いため、業界内の競合へのスイッチが容易であり、買い手に交渉力がある
対策:ブランド力の確立による差別化やアフターサービスの強化によるスイッチングコストの上昇を図る
- 現状:製品が差別化しておらず、スイッチングコストも低いため、業界内の競合へのスイッチが容易であり、買い手に交渉力がある
- ④新規参入の脅威
- 現状:新規参入が容易で、競合が増えつつある
対策:経験効果によるコスト削減やブランドの確立による差別化などにより、参入障壁の構築を図る
- 現状:新規参入が容易で、競合が増えつつある
- ⑤代替品の脅威
- 現状:代替品へのスイッチが容易である
対策:アフターサービスやメンテナンスを強化し、スイッチングコストを高くすることで、代替品へのスイッチの難易度を上げる
- 現状:代替品へのスイッチが容易である
以上のように、ファイブフォース分析の結果をいかに対象会社の経営戦略及びバリューアッププランにつなげていくかが重要です。
この点、「分析のための分析」とならないように気をつけましょう。
ファイブフォース分析の具体例:鉄鋼業界
続いて、ファイブフォース分析の具体例として、鉄鋼業界を取り上げます。
鉄鋼業界のファイブフォース分析の概要は、こちらの図の通りです。
①業界内の競合状況
国内では、日本製鉄・JFEを中心に集約が進んでおり、また世界的にもアルセロール・ミタル(ルクセンブルク)やPOSCO(韓国)、複数の中国国営企業などの大規模化・集約が進んでいる。
また、鉄は差別化が難しい製品であり、グローバルな大企業同士の競争になっているため、競合状況はかなり厳しいと言える。
②売り手(供給業者)の交渉力
鉄の原材料である鉄鉱石は、ヴァーレ(ブラジル)、リオ・ティント(英・豪)、BHP(英・豪)の鉄鉱石メジャー3社の寡占状態にあり、売り手は強い交渉力を持っている。
③買い手(顧客)の交渉力
鉄の主要な買い手である自動車メーカーや造船会社は、大手に集約され寡占化が進んでいる。これらの買い手は大口顧客であることが多く、買い手は強い交渉力を持っている。
④新規参入の脅威
高炉建設には多額の設備投資が必要となるため、参入障壁は高い。
⑤代替品の脅威
カーボン(炭素繊維強化樹脂・ガラス繊維強化樹脂)などの代替品候補も生まれつつあるが、現在のところ鉄に替わる有力な代替品はない。
鉄鋼業界のファイブフォース分析の結果
以上の内容を踏まえると、鉄鋼業界のファイブフォース分析の結果として、次の様にまとめることができます。
- 鉄鋼業界の業界環境は厳しく、業界としての魅力は高くないと言える。
- 鉄は差別化が難しく、またグローバルの競争環境で競合も大規模化している(①業界内の競合状況)。原材料の鉄鋼の供給業者は3大メジャーの寡占状態であり(②売り手の交渉力)、買い手の自動車メーカーや造船会社も大口顧客への寡占化が進んでいる(③買い手の交渉力)ことから、業界としても弱い立場にある。
- 鉄鋼業界は、設備投資の大きさから新規参入は容易ではなく(④新規参入の脅威)、またカーボンなどの代替品候補は生まれつつあるが、現実に鉄に替わるまでには至っていない(⑤代替品の脅威)。
まとめ
以上、今回は上図のテーマに沿って、ファイブフォース分析について検討しました。
主なポイントをまとめると、以下の通りです。
- ファイブフォース分析とは
- 業界の収益性に影響を与える要因を5つに分類し、業界の魅力度を分析するツール(個別企業ではなく業界全体を対象とする点に注意)
- 業界の収益性に影響を与える要因を5つに分類し、業界の魅力度を分析するツール(個別企業ではなく業界全体を対象とする点に注意)
- ①業界内の競合状況
- 業界内の競合他社の数や規模、製品・サービスの差別化余地などから業界の魅力度を分析
- 業界内の競合他社の数や規模、製品・サービスの差別化余地などから業界の魅力度を分析
- ②売り手(供給業者)の交渉力
- 売り手の独占・寡占状況やスイッチングコストなどから売り手の交渉力を検討し、業界の魅力度を分析
- 売り手の独占・寡占状況やスイッチングコストなどから売り手の交渉力を検討し、業界の魅力度を分析
- ③買い手(顧客)の交渉力
- 買い手の独占・寡占状況や業界内の代替先の有無などから買い手の交渉力を検討し、業界の魅力度を分析
- 買い手の独占・寡占状況や業界内の代替先の有無などから買い手の交渉力を検討し、業界の魅力度を分析
- ④新規参入の脅威
- 規模の経済や製品・サービスの差別化、政府の規制などの参入障壁から業界の魅力度を分析
- 規模の経済や製品・サービスの差別化、政府の規制などの参入障壁から業界の魅力度を分析
- ⑤代替品の脅威
- 現在の製品・サービスの代わりとなりうる代替品の存在から業界の魅力度を分析
- 現在の製品・サービスの代わりとなりうる代替品の存在から業界の魅力度を分析
- M&AのビジネスDDにおける応用
- 分析だけに留まらず、現状を踏まえた対策を検討し、具体的なアクションプランに落とし込むことが有益
- 分析だけに留まらず、現状を踏まえた対策を検討し、具体的なアクションプランに落とし込むことが有益
- ファイブフォース分析の留意点
- ①業界の定義の仕方によって結果が異なる
- ②6つ目の要因として補完的生産者を考慮する余地あり