高圧経済とは|金融パーソンが知るべきトレンドワード

高圧経済とは|金融パーソンが知るべきトレンドワード

高圧経済とは|金融パーソンが知るべきトレンドワード

現在、米国では「高圧経済」と呼ばれる経済政策が採用されていると言われています。

高圧経済は、やや過大な経済成長率や均衡水準を下回る失業率など、経済の過熱状態を容認し、経済の成長・回復を企図するものです。

この本記事では、高圧経済の概要や経済政策としての有効性について解説します。

なお、本記事の内容はこちらの動画でもご覧いただけます。

《執筆者》
野澤 亘/福岡大学経済学部准教授(株式会社マーブル顧問)
静岡県三島市生まれ。東京大学経済学部、同大学院経済学研究科金融システム専攻修了。ペンシルベニア州立大学大学院経済学研究科博士課程修了、Ph.D.(経済学)。2019年4月より現職。

高圧経済とは

高圧経済(High pressure economy)とは、財政政策・金融政策によってある程度の期間にわたって景気を加熱し続ける状態のことを指します。

従来、高圧経済は、短期的にはメリットをもたらすものの、長期的には大きな損害をもたらすため、政策的に望ましくないと考えられていました。

しかし、リーマンショックや新型コロナウイルス感染拡大による不況においては、従来の考え方の前提とは異なる状況にあり、高圧経済の実現が政策当局のとるべき政策方針であるとする見方が出てきました。

そのような見方について言及した代表例としては、こちらの2つが挙げられます。

  • イエレンの2016年の講演
  • ローレンス・ボール(ジョンス・ホプキンス大教授)のレポート

以下では、こちらの2つの文献に基づいて、従来のマクロ経済に関する考え方がどのようなものか、高圧経済が望ましいとする見方はどのような点について従来の考え方と異なっているかについて整理します。

高圧経済のポイント① 従来の考え方

従来のマクロ経済に対する考え方のポイントは、こちらの3つです。

  1. 長期的な経済指標:定常水準の存在(GDP成長率や失業率)
    長期的なGDP成長率や失業率の水準は、生産性の成長や労働市場の構造によって影響を受ける一方、不況や好況の影響は短期的なものにとどまるとされています。
    つまり、短期的な景気変動による長期的な水準からの乖離は起こり得ますが、短期的な景気変動が終われば元の長期的な水準の近くに戻ってくる、と想定されています。
  2. 政策介入の効果:短期に限定
    1つ目の景気変動に関する想定とよく似たことですが、財政政策や金融政策は、一時的に長期的な水準よりもGDP成長率を高くできるが、長期的な水準自体には影響しない、というのが従来のマクロ経済の理解です。
  3. 政策介入とインフレ:高いインフレリスク
    財政出動や金融緩和などの介入により、一定期間に渡って高いGDP成長率・低い失業率を実現すると、インフレが発生すると想定されています。
    激しいインフレは一度起きてしまうとコントロールが難しいと考えられてきました。これは、インフレ率が上昇すると、それが企業や労働者のインフレ予想を引き上げ、それに基づいて企業は値上げを行い労働者は賃金上昇を要求し、結果として更なるインフレが起こってしまうという自己実現的な構造があると考えられているためです。

インフレをコントロールするために、当局は失業率を上げることを余儀なくされ、最終的に最初に得られた一時的な高いGDP成長率や低い失業率と言うメリットを相殺することになります。そのため、継続的に緩和や財政出動によって経済を加熱し続ける事は望ましくない、というのが標準的な理解です。そして中央銀行や政府にできることは、GDP成長率を自然水準よりも永続的に高くするのではなく、自然水準の周りで安定させることであると考えられてきました。

ですから、従来の考え方では、高圧経済を実現したとしてもメリットは一時的なGDP成長率の上昇・失業率の低下に留まり、その後に起こる制御不能なインフレのもたらすデメリットがそれを上回る、と結論づけることになります。

高圧経済のポイント② 新しい考え方

イエレンの講演、そしてまたそれに先んじて公表されたローレンス・ボールのレポートでは、特に3つの点において、現在の経済状況は従来の考え方と異なる特徴があるということを仮説的に想定しています。

  1. リーマンショックの長期的影響
    まず、リーマンショック以後の不況(Great Recession)の影響は短期的な影響にとどまらず、中長期的な悪影響をもたらしているということです。特に、以下の2者が、失業率に影響を与えにくい形で、経済にマイナスの影響を与えているものと推察されます。
    1. 就業意欲喪失者
      不況の影響で、職探し自体をやめてしまう人の増加が観察されています。このような人のことを就業意欲喪失者(Discouraged worker)と呼びます。このような人は、就労意欲のある人である完全失業者とは分けて分類されるため、増加したとしても失業率が高まるわけではありません。しかし、当然のことながら労働供給を減少させるため、景気に対し負の影響をもたらします。
    2. パートタイム
      また、就労者の中でも、不本意ながらパートタイムの形態で働く人の増加が報告されています。これらの人たちが被る負の影響が、不況を引き起こした負のショックが終了したのちにも継続していることが、特徴的です。
  2. 政策介入とインフレ:インフレリスクの低下?
    インフレ予想がインフレに以前ほど反応しなくなっているということです。90年代以降、インフレ予想が長い期間にわたって安定しており、インフレ率の変化に対する反応を弱めているように見えます。物価の安定に対する中央銀行のコミットメントにより、そのような変化が起こったのではないかと考える経済学者もいます。この変化により、継続的な景気刺激が激しいインフレを引き起こさない可能性が高い、というのが2つ目の従来の考え方と異なる想定です。
  3. 政府介入の効果:長期の定常水準に影響?
    継続的な景気刺激策、そしてそれによって実現する高圧経済が中長期的な影響をもたらす、という考え方です。これは特に、1973年に発表されたオークンの論文のアイディアを基にしています。特に、高圧経済による継続的な景気刺激により新しく生産性・賃金の高い雇用が生み出され、労働者全体がより条件の良い職に移動できることを想定しています。これにより、上で述べたような不況の中長期的な悪影響を緩和できる、と考えるのです。

以上をまとめると、新しい見方では、高圧経済には中長期的なGDP成長率の上昇や失業率の低下を含む雇用の改善というメリットがあり、デメリットをもたらすインフレもそれほど激しく進行しない、と考えるということです。このような見方に基づいて、高圧経済が有効な政策手段として注目を集めています

関連記事の紹介

最後に、高圧経済を論じた記事を3つ紹介します。

  1. 「米「高圧経済」に歴史の警鐘」日本経済新聞(2021年4月)
    1つ目は日本経済新聞の記事で、上記のような考え方は、インフレ期待が上昇しないことに強く依存しており、高圧経済を続けるとどこかでインフレ期待とインフレ率の上昇が始まる可能性を指摘しています。
  2. 「高圧経済で格差は是正できるか」みずほ総合研究所(2021年1月)
    2つ目はみずほ総合研究所のレポートで、2016年に比べ、経済格差の問題がFRBにとって重要性を増しており、明言はされていないものの高圧経済をバージョンアップしたものがその対処として目されているという見方を紹介しています。
  3. 「コラム:イエレン氏「高圧経済」論、16年講演が示唆する政策展開」ロイター(2020年12月)
    3つ目は、ロイターの記事で、緩和的な財政を公約として掲げたバイデン政権によって、イエレンの緩和政策はより大きな規模で実行できることを指摘しています。

参考文献

Laurence Ball (2015): “Monetary Policy for a High-Pressure Economy,” Center on Budget and Policy Priorities. [URL: https://www.cbpp.org/research/full-employment/monetary-policy-for-a-high-pressure-economy]

Arthur Okun, (1973): “Upward Mobility in a High-Pressure Economy,” Brookings Papers on Economic Activity. [URL: https://www.brookings.edu/bpea-articles/upward-mobility-in-a-high-pressure-economy/]

Janet L. Yellen (2016): “Macroeconomic Research After the Crisis,” Federal Reserve Board. [URL: https://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/yellen20161014a.htm]

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