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今、スモールM&Aのマーケットは完全に売り手市場です。
国内最大級のM&Aマッチングサイト「トランビ」が昨年発表したデータによると、トランビに登録しているユーザーの90%以上は会社を買いたい意向があるとのことです。
このマーケット状況で、売り手が自分の会社や事業を高く売りたいと考えるのは当然のこと。
一方、買い手としては、売り手の強気な価格提示をそのまま受け入れて良いものか、判断に困る場面もあるのではないでしょうか。
極端な話、M&Aにおける「会社の値段」は、買い手と売り手が納得する値段であればいくらでも良いのです。
ただし、ある程度のセオリーはあります。
特にスモールM&Aにおいては、マルチプル法もしくは修正純資産法にのれんを加えたもの(以下「修正純資産法+のれん」といいます)で企業価値を算定する方法がよく用いられています。
なぜなら、比較的簡単に計算できて、直感的に分かりやすいから。
そこで、PEファンド・M&Aアドバイザリーの実務経験者であるSoGotcha!スタッフが、その理由について丁寧に紐解いていきます。
この記事を読み終えたときには、なぜスモールM&Aにおいてマルチプル法と修正純資産法+のれんが多く用いられているのかが納得できるようになっているでしょう。
そうしたら、実際にこれらの手法で企業価値を算出してみて、堂々と価格交渉に臨みましょう。
実際の価値算出手順は「会社を買う!まずは何をすればいい??決算書で最初に見るべきポイント!(①会社の値付けのための基本指標)」で詳しく書いていますので、「理由はともかくとりあえず企業価値を計算してみたい」という方はそちらへ。
なお、本記事中にある☆参考動画☆でも同様の解説をしているので、合わせてご覧ください。
株式価値を算定するためのステップとは?
M&Aにおける株式価値は「企業価値評価」の考え方に従って算出されます。
そして、その「企業価値評価」は、以下の4つのステップから構成されています。
- ステップ1:事業価値を算出する
- ステップ2:ステップ1に現預金を足す
- ステップ3:ステップ2から有利子負債を引く
- ステップ4:ステップ3の答えが、株式価値となる
図解すると、次のとおりです。
このように、企業価値評価においてある程度のセオリーがある一方、売り手がそれとは別の何かしらの価格イメージを持っているケースもあります。
それは例えば純資産を基準に考えていたり、相続税評価額を基準に考えていたり、あるいは同業他社の取引価格を基準に考えている場合もあります。
その価格が、買い手が考えていた額と大きくずれていなければ良いのですが、そうとも限りません。
そうなると、お互いの価格目線をすり合わせる必要があります。
そこで、M&Aのプロフェッショナルたちはどのような考え方で企業価値を算出しているのか、この後じっくり見ていきましょう。
☆参考動画☆【動画でM&A】会社の値段の考え方
事業価値・企業価値・株式価値の違い
ここで、本題に入る前によく似ている3つの言葉の定義を整理しておきましょう。
- 事業価値とは、会社の事業が生み出す価値のこと。
- 企業価値とは、事業価値と現預金の合計額のこと。
- 株式価値とは、株主に帰属する企業価値のこと。
こちらも図に描いておきました。
☆参考動画☆【動画でM&A】事業価値・企業価値・株式価値
頭の中は整理できたでしょうか。さて、次からいよいよ本題に入ります。
企業価値を算出するための3つのアプローチ
企業価値を算出するための手法はいくつかありますが、そのうち代表的なものは3つあります。
それは、
- インカムアプローチ
- マーケットアプローチ
- コストアプローチ
の3つです。
今回フォーカスしているマルチプル法はマーケットアプローチの一種、修正純資産法はコストアプローチの一種です。
一般に企業価値を算出する手法にはどのような種類があるのかを紹介し、なぜその中でスモールM&Aにおいてはマルチプル法と修正純資産法+のれんが用いられるのかを説明していきたいと思います。
まずは、それぞれのアプローチの概要と主な手法の例を見てみましょう。
インカムアプローチ
インカムアプローチとは、会社の将来のキャッシュフローに基づき価値を評価するもの。
その名のとおり、会社の「インカム」、すなわち会社の生み出す「将来のキャッシュフロー」に基づく評価手法です。
インカムアプローチにおける具体例を2つ挙げます。
- DCF法(割引現在価値法):多数株式を取得する場合に利用する手法
- 配当割引モデル:少数株式を取得する場合に利用する手法
マーケットアプローチ
マーケットアプローチとは、上場会社の指標や他の取引事例に基づいて価値を評価する手法。
こちらも具体例を2つ挙げましょう。
- マルチプル法:上場会社の指標に基づく手法
- 取引事例比較法:他の取引事例に基づく手法
コストアプローチ
コストアプローチとは、会社の貸借対照表に基づき価値を評価するもの。会社の貸借対照表の資産・負債に基づく考え方で、主に資産・負債の差額である純資産に着目した評価手法です。別名、「ネットアセットアプローチ」とも呼ばれます。
コストアプローチの具体例も2つ挙げます。
- 修正純資産法:資産・負債を時価に修正した上で算定する手法
- 簿価純資産法:貸借対照表の帳簿価格(簿価)に基づく手法
図にまとめると、次のようになります。
☆参考動画☆【動画でM&A】企業価値評価の3つのアプローチ
マルチプル法と修正純資産法+のれんが多く用いられる理由
さて、ここがこの記事のハイライト。
なぜスモールM&Aにおいてマルチプル法と修正純資産法+のれんが多く用いられているのでしょうか。
2つに共通しているのは、比較的簡単に計算できて、直感的に分かりやすいということ。
しかし、それぞれに特色があり、発展してきた経緯はもはや真逆です。
それでは、詳しくみていきましょう。
マルチプル法
その理由は大きく3つ。それは、
- 理論的に確立されている手法だから
- 計算が比較的簡単だから
- 直感的に分かりやすいから
マルチプル法は、上場会社の指標に基づいて企業価値を算定する手法です。
すなわち、公開されている上場会社の株価と財務指標の割合を計算して、それをもとに、いま売買の対象となっている会社の株式価値を割り出してみよう、ということです。
理論的に確立されている:マルチプル法は、企業価値評価(Valuation)の分野において理論的に確立されています。(但し、絶対的な評価手法として確立されているわけではありません)
計算が比較的簡単:マルチプル法は「EBITDA×倍率」という簡単な計算式で企業価値を算出することができます。
複雑な計算により企業価値を算出するDCF法などもありますが、中小企業のM&Aにおいては、そこまで厳密な数字は必要ないという場面が多いのでしょう。
直感的に分かりやすい:マルチプル法は上記のようなシンプルな掛け算をベースにして価値を算定するため、直感的に分かりやすい手法であると言えます。
M&Aにあまり馴染みがない人にとっては他の手法との比較が難しいかもしれません。
例えばDCF法という、将来のキャッシュフローを予測して、そこから現在価値を算出する手法があります。こちらは将来キャッシュフローの想定や割引率の設定など多数の変数が登場し、計算が複雑になりがちなため、マルチプル法に比べると直感的に分かりづらいと言えます。
(参考:マルチプル法が発展してきた背景)
マルチプル法は、億単位の資金が動く大企業のM&Aで使われている手法です。
というのも、大企業のM&Aの場合、特に上場会社の場合は株主に対して「なぜこの会社をこの値段で買ったのか」という説明責任が発生します。そのため、理論上の裏付けのあるロジック(=企業価値を算出するための3つのアプローチ)で算出される必要があるのです。
大企業が中小企業を買収する案件が増えるに伴い、大企業のM&Aで用いられている方法が中小企業のM&Aにも浸透してきました。
しかし、プロではない人が複雑な計算をするのは一苦労。
そこで、中小企業のM&Aにおいては、比較的計算が簡単なマルチプル法がよく用いられていると考えられています。
修正純資産法+のれん
その理由は、
- 直感的に理解しやすいから
これに尽きます。
修正純資産法で算出される株式価値は、その会社の清算価値です。
つまり、修正純資産法+のれんの手法では、いま会社を清算した場合の価値+数年分の利益の計算をしているのです。
カジュアルな表現をすれば、「いま会社をたたんだらこれくらいの価値だけど、実際はこれからも会社の営業は継続するから、数年分の利益を上乗せしてくださいね」という話。
この清々しいほどの単純明快さ、分かっていただけると思います。
(参考:修正純資産法+のれんが発展してきた背景)
修正純資産法+のれんは、中小企業のM&Aの現場から発展してきた手法です。
マルチプル法が大企業のM&Aで使われている手法であることを考えると、まさに真逆。
こちらはM&Aの理論的な裏付けはなく、中小企業のオーナー社長同士など、スモールM&Aの現場で用いられてきた方法です。
もしM&Aについては全く知らなかったとしても「純資産」は知っていますから、M&Aにあまり馴染みのない人たちにとっても分かりやすかったのかもしれません。
具体的な手順
ここまで、スモールM&Aの株式価値算定において、マルチプル法と修正純資産法+のれんを使う理由を解説してきましたが、ご納得いただけたでしょうか。
各手法の具体的な手順については、「会社を買う!まずは何をすればいい??決算書で最初に見るべきポイント!(①会社の値付けのための基本指標)」で詳しく解説しています。
とりあえず概要が分かれば十分という方は、こちらの動画がおすすめです。
☆参考動画☆【動画でM&A】マーケットアプローチ(マルチプル法)
☆参考動画☆【動画でM&A】コストアプローチ(修正純資産法)※「+のれん」部分の解説は含みません
まとめ:株式価値の算定方法に正解はない
今回取り上げた「企業価値評価においてどの手法を用いるか?」というテーマは非常にディープで、本記事のタイトルと矛盾するようですが、実は理論上も実務上も正解はありません。
冒頭にあるとおり買い手と売り手が納得する値段であればいいので、「この場面ではこの手法!」というのが無いのです。
ただし、「潰れそうな会社については清算価値を出すためにコストアプローチの手法を用いる」など、特定のシチュエーションにおいては選択肢が限られるケースもあります。
ちなみに、大型のM&A案件を手がけるプロのファンドであっても、各社で計算ロジックが違います。しかも、「A社において、過去はXという手法だったが今はYという手法を使っている」など、一社の中で変化することも。
それほど奥深いテーマなのです。
今回ご紹介した2つの手法で算出した価格を参考にして、納得のいく良い取引ができることを願っています。